大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

徳島地方裁判所 昭和62年(ヨ)86号 決定

申請人

大谷旭

右訴訟代理人弁護士

林伸豪

川真田正憲

被申請人

有限会社昭南タクシー

右代表者代表取締役

井上雅文

主文

被申請人は申請人を被申請人の従業員として取り扱わなければならない。

被申請人は申請人に対し金二九万二五一六円及び昭和六二年八月五日から本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで毎月五日限り一か月金一二万円七四一二円を仮に支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

一  申請人の申請の趣旨及び理由は別紙申請書に、それに対する被申請人の答弁は別紙答弁書にそれぞれ記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  申請人が昭和六一年三月被申請人会社に雇用され、タクシー運転手として稼働していたところ、昭和六二年四月二二日に解雇されたことは一件記録上明らかである。

2  一件記録によれば、以下の事実が一応認められる。

(一)  被申請人会社は乗務員一二ないし一四名が就労する小規模のタクシー会社であり、被申請人会社の乗務員には固定給は支給されず、売上金に対する歩合給のみが支給される制度が採られていたが、申請人の場合の歩合給は多くて月一七万円弱であった。

(二)  申請人は昭和六一年四月下旬ころから、事前に被申請人会社に申し出ることなく、売上金の中から給料の前借として一回当たり三〇〇〇円ないし二万円を差し引いて、仕業点検表にその旨を記載し、右点検表とともに残金を納入することがしばしばあり、前借金額は月一万円から五万円、平均二万円前後であった。しかし、被申請人会社においては、乗務員の右のような方法による前借が月二万円までは容認されており、この場合、被申請人会社は右記載を確認のうえ、その金額を前貸しする旨右点検表に記載するだけであって、給料支払い日にこれを清算することとしていた。前借の限度額も実際上は厳格なものではなく、申請人は限度額を大幅に超過したときは、事実上被申請人会社の経営の実権を握る代表取締役の母親などに事情を説明して事後的に了解を得ていた。

(三)  申請人には右前借以外に、点検表に前借の記載をすることなく売上金の一部を勤務当日に納入しなかったこともあったが、被申請人会社においては不足金を二、三日後に納入することが認められており、点検表で不足金や未納金があることを指摘して注意するに止まり、他に制裁を加えるということはなかった。

(四)  申請人は、昭和六一年一二月二日に建設一般全日自労徳島支部タクシー分会を設立し、さらに昭和六二年二月七日に同分会昭南タクシー班を設立し、被申請人会社に団体交渉を求めるなどの組合活動を開始した。丁度そのころから前借金額の制限及び納入金の不足に対する注意が厳しくなってきたが、申請人は限度額を越える前借をしたときは被申請人会社側の了解を求め、同年三月分の給料明細表に前借は二万円までしか認めないと記載されるや以後それに従い、納入金の不足もなくなるなど、被申請人会社の注意を一応遵守していた。

右事実によれば、被申請人会社においては、元来、売上金からの給料の前借は容認されており、限度額の定めがあるものの、その運用は実際上厳格でなく、大体において申請人の前借額はその限度額を著しく越えるものではないし、前借金は給料日に清算され、被申請人会社に実質上損害を与えるものでもなかった。売上金についても、数日後に納入することが認められており、一件記録によれば、申請人が勤務当日に納入しなかった売上金もその後に納入され、被申請人会社に実質上の損失を与えたことはなかったことが一応認められる。これらの事実に照らすと、申請人には給料の前借、売上金の納入等の点で多少ルーズなところがあったにしても、これを被申請人会社の前記のような管理体制と対比するときは、これを理由として申請人を解雇するのはその制裁としては重きに過ぎて合理性を欠くものといわなければならない。

そのほか、被申請人会社の申請人に対する解雇通知には、解雇理由として、労働能率の低下、不良な勤務態度が掲げられているところ、一件記録によれば、申請人の一日当たりの売上高が被申請人会社の従業員の中で最低であることが一応認められるけれども、それとても他の従業員と比べて著しく劣るものではなく、逆に申請人はいわゆる公休出勤、明番出勤に精励して、長期的に見れば、被申請人会社の売上高の向上に貢献しているといえなくもないし、また乗客との紛争が度重なるとかそのほかの勤務態度が不良であると認めるに足りる事情は見当たらない。

したがって、本件解雇は解雇権の濫用であるから無効であり、申請人はいまなお被申請人会社の従業員たる地位を有するものというべきである。

3  保全の必要性

一件記録によれば、申請人は被申請人会社から支給される給与を生計の手段とする労働者であることが一応認められ、したがって、被申請人会社から就労を拒否されて給与の支払を受けられない場合には、経済上の困難をきたすなど著しい損害を被るおそれがあり、この損害を避けるためには、申請人が被申請人会社の従業員としての地位を有することを仮に定めたうえ、給与相当額の金員を従前と同一の条件で仮に支払わせる必要がある。一件記録によれば、申請人の昭和六二年度の平均給与は月額で一二万七四一二円であり、被申請人会社においては給料は稼働した翌月五日払いであることが一応認められ、右平均給与額をもとにすると昭和六二年四月二二日に解雇されてから以降の同月の未払い分の給与は三万七六九二円となる。

三  よって、申請人の本件申請は理由があるので、保証を立てさせないでこれを許容することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 曽我大三郎 裁判官 栂村明剛)

仮処分申請書

申請の趣旨

一、被申請人会社は申請人を従業員として取扱え。

二、被申請人会社は申請人に対し金一六五、一〇四円および昭和六二年七月五日から毎月五日限り金一二万七、四一二円を支払え。

三、申請費用は被申請人会社の負担とする。

との裁判を求める。

申請の理由

一、当事者

(一) 被申請人会社(以下単に会社という)は従業員一四人、車輌八台を擁して一般乗用旅客自動車運送事業(いわゆるタクシー)を営むものである。

(二) 申請人は昭和六一年三月から被申請人会社に就職し、タクシー運転手として就労してきたものである。なお被申請人会社には右以前にもタクシー運転手として稼働してきた経験を有しており、右昭和六一年三月の就職時にも申請人から雇入れを申入れたところ、心よく応じたものである。

被申請人会社の給与支払いは毎月〆切りの翌月五日支払いであり、申請人の平均月額給与は少なくとも一二万七四一二円を下らないものである。

二、本件解雇

被申請人会社は申請人に対し昭和六二年四月二二日付をもって「生産性の維持向上という企業の目的にそぐわない(労働能率の低下・不良な勤務態度)。会社へ(ママ)対しての無線応答拒否等に依り」を理由として解雇した。

三、本件解雇の無効

(一) 県下のタクシー業界においては永らく無組織状態が続き、このためタクシー労働者は労働基準法も無視した、無権利状態におかれ、使用者の恣意によって不当解雇されても泣き寝入りとなるなど劣悪な労働条件下にあった。

このため、タクシー労働者の間において、労働組合結成の気運がおこり、昭和六一年一二月五日申請人らが中心となって建設一般全日自労徳島支部のもとにタクシー分会を結成し、県下タクシー労働者の労働条件改善のための旗上げを行なった(証拠略)。

さらに被申請人会社においても同社従業員に働きかけ、昭和六一年一二月には四~五名の加入を得、本年二月九日には従業員一四名のうち一三名の加入があり、建設一般全日自労徳島支部タクシー分会昭南タクシー班として正式発足させ同日文書にて被申請人会社にそのむね通告した(証拠略)。

それに先立ち、昭和六一年一二月一四日には会社主催の忘年会の席上、給与について他社なみの売上げの五〇%にするようにしてほしいと公然と要求を出すに至り、被申請人会社をおどろかせた。会社はその場では充分検討して回答するむね返事をしたが、結局、翌年一月末零回答であった。このような矢先、申請人を委員長として労働組合の結成を通告したのである。

(二) 右組合結成通告後は申請人らが中心となって賃金形態の変更・有給休暇制度の遵守・遅刻早退時の罰金制の撤廃等の諸要求を提出し活発に活動を展開してきた。このため被申請人会社は申請人の組合活動を嫌悪し、手のひらをかえすように申請人を敵視するようになってきたのである。

そして四月二〇日になって突如申請人に口頭で解雇を通告し、これに対し、書面を要求すると前述の通り四月二二日付解雇通知を書面でしてきたものであり、本件解雇は申請人の組合活動を嫌悪して不利益取扱か(ママ)いしたものであり、かつ又右タクシー分会昭南タクシー班の組合活動の弱体化を企図したもので労働組合法七条一号・三号に該当する不当労働行為として無効である。

(三) 被申請人会社の主張する解雇事由は、いずれも事実無根であり、申請人は誠実に職務に従事してきた。のみならず、本来、労働基準法で許されない公休出勤さえ行なって被申請人会社に協力してきたものであり、会社も申請人を高く評価し、感激してきたものであり、組合活動を行ない始めると手のひらをかえしたように敵視するようになったものである。以上の次第で被申請人会社の解雇は就業規則に違反し無効である。又形式上、該当することがあっても実質的解雇に値するようなものでなく解雇権濫用として無効である。

四、仮処分の必要性

申請人は本件解雇処分により、昭和六二年四月分のうち四月二二日の分以降の給与が未払であり、四月の残余分は三万七、六九二円となる。

申請人は被申請人会社からの給与を唯一の生計手段としており、一労働者としても、また組合の委員長として活動していくためにも、その従業員の地位を確保する緊急の必要性がある。

答弁書

申請の趣旨に対する答弁

一、被申請人会社は申請人を従業員として取り扱えとの請求は棄却する

二、被申請人会社は申請人の金員の請求を棄却する

三、裁判所費用は申請人の負担とする

との判決を求めます。

申請の理由に対する認否

一、当事者について

(一) 被申請人会社は車両八台の認可を受け一般乗用旅客自動車運送事業を経営しております。

従業員数は現在十二名であります。

(二) 申請人の雇入れは昭和六十一年三月二十日であります。給与支払日は翌月五日支払であり申請人の昭和六十二年一月、二月、三月の平均給与支払額は十二万八三三五円であります。

二、本件解雇について

申請人の言うとおりである。

三、本件解雇の無効申請について

(一) 労働組合の結成通知書は昭和六十二年二月二十一日受理しました(証拠略)。

(二) 本件解雇と組合活動とは関係ありません。

申請人の言う不利益な取扱いの事実はありません。

現に労働組合とは誠意をもって労働条件の改訂について協議を重ねております。

(三) 本件解雇の理由

申請人は売り上げ金を会社に入金せず勝手に金員を流用した事によるものであります(証拠略)。

四、以上のとおりでありますから仮処分の請求を棄却するとの判決を求めます。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例